最高裁判所第一小法廷 平成元年(行ツ)14号 判決 1989年4月20日
東京都立川市一番町四丁目三六番地四
上告人
株式会社トルカー
右代表者代表取締役
下田忍
右訴訟代理人弁護士
井口寛二
同弁理士
斎藤晴男
川崎市高津区宇奈根七五九番地
被上告人
東京精密測器株式会社
右代表者代表取締役
福田康正
右訴訟代理人弁護士
田倉整
會田恒司
同弁理士
今野耕哉
右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第六九号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一一月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人井口寛二、同斎藤晴男の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)
(平成元年(行ツ)第一四号 上告人 株式会社トルカー)
上告代理人井口寛二、同斎藤晴男の上告理由
一 原判決は、本件考案の要旨を
「(イ) シリンダー内に嵌装したローターのフランジ間にベーンを定着し、
(ロ) 油圧によりローターが回転することによりベーンがフランジ間に挟設したストッパーに当接するようになした
(ハ) シールレスタイプの揺動形アクチュエータにおいて、
(ニ) ストッパーをシリンダー内壁に非固定状態に保持したことを特徴とする揺動形アクチュエータ。」
と認定し、右(イ)から(ハ)の要件は原判決記載の第一引用例記載のものと同一であり、また、(ニ)の要件は前同第二引用例記載のものが具備するところであるとし、従って、本件考案は第一引用例及び第二引用例記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとした審決の判断は正当であって、審決に原告主張の違法はないとした。しかし、原判決は、本件考案と第一引用例並びに第二引用例との対比において、各々審理不尽、理由不備、理由齟齬等の違法をおかしており、その結論は破棄を免れないものと考える。
以下その理由を主張する。
二 第一引用例との対比について
1原判決は、本件考案と第一引用例とを対比するに当り、「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」の把握を誤っており、その結果第一引用例についても間違った認定をし、その間違った認定に基いて本件考案との対比を行なっているだけでなく、後述の「技術的課題の自明性」の判断においても右間違った認定をそのまま持ち込んだため、当然の帰結として誤った結論を導いている。
ところで、「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」の構成等については記録上明らかな通り、上告人、被上告人のいずれも主張していないし、その直接証拠も存しない。また、原審はこれについて当事者に釈明もしていない。上告人は、おそらく被上告人も同様と考えるが、これについては後記の構成のものを前提に審理に臨んでいたところである。上告人は、この認定部分だけでも、原判決に経験則違反又は審理不尽の違法があると考えている。
第一引用例は甲第三号証公報の記載からして、「気密構造のシリンダー内部に所定の間隔でフランジーを並設した回転体を収納し、フランジー間の空胴部には両側に切欠を設けた扇型仕切体を嵌合固着し、これとシリンダー壁に突設固定したストッパーが当接するようになし、このストッパーを跨いでポートをシリンダーに穿設するとともに、前記フランジーの側部と当板間にスラスト軸受を介在したことを特徴とするトルクアクチュエータ。」(実用新案登録請求の範囲)であって、次の図の通りである。
第一引用例の
トルクアクチュエーター
<省略>
1・・・・シリンダー
2、3・・フランジー
4・・・・回転体
8・・・・扇型仕切体
10・・・・ストッパー
13、14・・当板
15、16・・スラスト軸受
18・・・・ラジアル軸受
この第一引用例は、次のような構成の「トルクアクチュエータ」の持つ後述する欠点を払拭することを目的とするものである。
このトルクアクチュエータが、いわゆる正しい意味での「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」である。
<省略>
1・・シリンダー、
2・・仕切板、3・・回転体
4、5・・側部蓋体
6・・ストパー
7、8・・ラジアル軸受
9・・シール材、10・・空洞室
これは、内壁より中心方向に突出させてストッパーを設けたシリンダーの内部に、シリンダー壁方向へ突出させて仕切板を取付けた回転体を同心的に収納し、回転体とシリンダーの間に気密で独立した空胴室を形成したものであって、その回転体の構造は仕切板を軸に直接熔着したり、または軸に条溝を設け、これに仕切板を嵌合したものである(甲第三号証公報第1欄第31行~第2欄第1行)が、それを組立てるには高度の溶接技術あるいは切削技術を要するのに対し、その精度はきわめて粗悪なものでありまた回転体はラジアル軸受で支承したものであるため、軸方向のスラストに対しては何らこれを阻止する作用を持たず、そのため回転体に取付けた仕切板がシリンダーの側部蓋体に強く当接し、回転動作を止めてしまうといった欠点があった(甲第三号証公報第2欄第1行~第8行)。第一引用例は、この欠点を除去するため、「気密構造のシリンダー内部に所定の間隔でフランジーを並設した回転体を収納し、フランジー間の空胴部には切欠を設けた扇型仕切体を嵌合固着し、これとシリンダー壁に突設固定したストッパーが当接するようになし、このストッパーを跨いでポートをシリンダーに穿設するとともに、前記フランジーの側部と当板間にスラスト軸受を介在することにより、組立作業の簡易化を計るとともに軸方向のスラストを防止し回転体の円滑な動作を維持し、かつ高圧に耐えられしかも量産化により廉価に提供することができる」(甲第三号証公報第2欄第10行~第20行)ようにしたのである。即ち、第一引用例においては、回転体にフランジーを並設し、フランジー間の空胴部に、両側に切欠を設けた扇型仕切体を嵌合固着する構成と、フランジーの側部と当板間にスラスト軸受を介在させる構成とを併せ有することが特徴となっている。このスラスト軸受は、右「(従来のトルクアクチュエータにおいては)回転体はラジアル軸受で支承したものであるため、「軸方向のスラストに対しては何らこれを阻止する作用を持たず、……」との記載から明らかなように、回転体を支承する軸受として、あくまで従来用いられていたラジアル軸受に代えて採用されたものであって、従来のラジアル軸受に更に加えて採用される訳ではない。そのことは、第一引用例の明細書の記載(甲第三号証公報)中、従来のラジアル軸受に加えて更にスラスト軸受を採用するという内容の記述や、そのことを推察させる記述がないだけでなく、その図面からもそのことを窺い知ることはできない。
確かに第一引用例にはラジアル軸受18が用いられているが、それは甲第三号証公報の第1図からも明らかなように、当板13、14と回転体4との間に配備されており、その位置からして、シリンダー1内における回転体4の位置の保持、換言すれば、シリンダー1の内壁とフランジ2、3との間に一定の間隙を保持することに全く携わっていないことは明白である。そして、公報中このラジアル軸受18に関する記述は、単に「18はラジアル軸受」(甲第三号証公報第2欄第34行)とあるだけであって、その存在意義、果たす役割については全く説明がなく、また、実用新案法施行規則様式第3備考14により、図の主要な部分を表わす符号の説明が記截きれるべき明細書の「図面の簡単な説明」の欄にもその記載がない。従って、右ラジアル軸受18は、単に当板13、14に対して回転体4をスムーズに回転させる機能を果しているに過ぎず、しかもその機能は、第一引用例においてさ程大きな意味を持つものではないといわざるを得ない。
これに対して本件考案におけるラジアル軸受11は、シリンダー1内に打ち込まれ、その外輪はシリンダー1内壁に圧接し、その内輪にローター6の太径部である嵌装体5が圧入される(甲第二号証公報第3欄第21行~第23行)。即ち、本件考案におけるラジアル軸受11は、他の部材を介在させることなく直接シリンダー1内に圧入され、その状態でローター6を軸支している。かかる構成にして初めて、シリンダー1の内壁とフランジ4、4及びベーン10の間の間隙保持が可能となるのであって、第一引用例のようにラジアル軸受18(スラスト軸受15、16についても同様)とシリンダー1間に当板13、14の如き他の部材を介在させた場合には、それらの軸受は、シリンダー1の内壁とフランジ2、3との間の間隙保持には関与し得ないのである。
なお、前示の「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」におけるラジアル軸受(7)、(8)は、側部蓋体(4)、(5)に嵌装されていて、側部蓋体(4)、(5)に対する回転体(3)の回転を支えている。この場合は回転体(3)にフランジがなく、また、仕切板(2)にはシール材(9)が取り付けられており、そこにおいてはシリンダー(1)の内壁と仕切板(2)の間の間隙保持の問題は起きない。これに対し原判決は、第一引用例及びそこにおいていう従来のトルクアクチュエータにつき誤った認定をしている。
先ず原判決は、「第一引用例においていう従来のトルクアクチユエータ」は、第一引用例の構成からスラスト軸受15、16を欠いたもの、即ち、第一引用例は従来のトルクアクチュエータに、さらに回転体を支承するスラスト軸受を付加したものと認定している(原判決第22丁裏第9行~第23丁表第1行)。
原判決の認定する「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」を図示すれば次のようなものとなろう。
原判決の認定する「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」
<省略>
1・・・・シリンダー
2、3・・フランジ
4・・・・回転体
5・・・・ストッパー
6・・・・ラジアル軸受
前記のように、甲第三号証公報の記載からして、「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」は、シリンダー、シリンダ通の内壁に突出固定されたストッパー、シリンダー内に収納され、シリンダー壁方向へ突出させて仕切板を取付けた回転体、回転体を支承するラジアル軸受、及び、シリンダーを閉塞する蓋体から成るものであり(甲第三号証公報第1欄算31行~第2欄第8行)、第一引用例の出願当時の技術水準からして、そのトルクアクチュエータは前示のような構成のもの、即ち、ローターシャフトには単にベーンのみが設置され、しかもベーンはシール材が取り付けられているタイプのものであって、決して原判決の認定する右に図示したような構成のものではない。なお、乙第一号証に示されるものは、「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」に近いものと考えられる。ローターシャフトにフランジを並設し、フランジ間にシール材を取付けてないベーンを固定するというタイプのトルクアクチュエータは、第一引用例を以て嚆矢とするものと考えられる。このことは、甲第三号証公報第2欄第3行ないし第7行に、「回転体はラジアル軸受で支承……そのため回転体に取付けた仕切板がシリンダーの側部蓋体に強く当接し、」とあることからも首肯できる。もし、「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」が原判決の認定の通りのものであるとすれば、右に示した図面から明らかなように、シリンダーの側部蓋体(当板)に当接するのはそれに隣接するフランジの筈であって、決してフランジ間に位置する仕切板ではない。
このように「第一引用例においていう従来のトルクアクチュェータ」に関する原判決の認定は、甲第三号証公報の記載と付合しないものであり、誤りであること明白である。
2次に原判決は、第一引用例についても次の通り誤った認定をしている。
即ち、原判決は「ラジアル軸受18が回転体4を確固と支承していて、シリンダー1と回転体4との間の間隙保持の機能を果している」と認定し、その根拠として、たまたま第一引用例においてラジアル軸受が用いられていた結果、「前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、ラジアル方向の支持が十分でないことによる技術上の問題点は掲げられていないし、その構成上、ラジアル軸受で支承しないことによって生じるフランジ及びベーンとシリンダー内壁との間隙からのオイルリークを防止する手段は何も施されていない」ことを挙げている(原判決第23丁表第6行~末行)。
しかし、甲第三号証(第一引用例)の第1図からも明らかなように、第一引用例におけるラジアル軸受18は回転体4と当板13、14との間に入れられており、回転体4、換言すれば、フランジー2、3の周側面とシリンダー1の内壁との間に、両者が擦れ合わないようにするための間隙を保持することに全く関与しておらず、単に、当板13、14に対する回転体4の回転を支えているに過ぎない。右間隙保持を実現するためには、本件考案におけるようにラジアル軸受はシリンダー内壁と回転体(ローターシャフト)との間に入れられなければならないことは前述した通りである。実際に第一引用例の通りの構成にて製造してみれば容易に分ることであるが、その構成を以てしては右間隙保持を実現することはできない。勿論、そのような構成の製品は世の中に存在していない。
なお、甲第三号証公報(第一引用例)の記載において、ラジアル方向の支持が不十分であることの不都合等についての記述を欠いているのは、その考案者が、本件考案における間隙保持の技術思想にまで想い至っていなかったからに外ならない。
原判決は、前記の通り第一引用例につき誤った認定をし、その結果、「第一引用例記載のものは、シリンダー内壁とフランジー扇形仕切体(ベーン)との間隙が右ラジアル軸受によって確保されており、そして、この間隙はオイルリークを生じないものというべきであるから、この点において本件考案との間に構成上の差異は生じない。」(原判映第23丁裏第2行~第6行)とし、「したがって、第一引用例記載のものは、本件考案と同一のシールレスタイプの揺動形アクチュエータであるとした審決の認定に誤りはない。」(原判決第23丁裏第7行~第9行)と帰結するものであるが、推測するに、右ラジアル軸受18の存在が第一引用例認定の際の決定的要因となっていることは疑いがない。
前記の通り第一引用例のラジアル軸受は、その構成からして本件考案に係るラジアル軸受と同じ作用を果たさないことは、経験則上明白である。そもそも、右一、における本件考案の構成要件の内、(ハ)の構成要件であるシールレスタイプの揺動形アクチュエータは、シール材を用いないというだけでなく、フランジ及びベーンとシリンダー内壁面との間に、オイルリークを生じない範囲(ミクロン単位となる。)の間隙(クリアランス)を保持することによってオイルリークを防止するというもの(非接触シール)であって、そのために、ローターのラジアル方向への動きを厳しく抑制すること、即ち、ラジアル軸受にてローターを確固と軸支することが必須となる。「シールレスタイプの揺動形アクチュエータ」は確立した用語ということはできないので、その意義は考案の詳細な説明の記載かち解釈しなければならず、結局本件考案においていう「シールレスタイプの揺動形アクチュエータ」は、「ローターがラジアル軸受によって確固と支承され、もってシリンダー内壁とフランジ及びベーンとの間の間隙保持が確保されることにより実現される揺動形アクチュエータ」を意味するものと解さざるを得ない。
三 第二引用例との対比について
第二引用例につき原判決は、「第二引用例には、「外側シリンダーは、……旋回運動用ベーンのストッパー8は、ピストン5、6との間にあり、ボディ1に固定されたピン9により直線運動のみ行い、旋回運動は行ないえない様になって居り、……」(第二欄第二八ないし第三欄第二行)と記載され、」(原判決第24丁表第6行~裏第6行)と認定し、更に、「ピン9は該ストッパーが軸方向の直線運動のみが可能であって、旋回運動は行い得ないような嵌合状態である」(原判決第24丁裏末行~第25丁表第2行)と認定しておきながら、「右ストッパー8は変位可能、即ち、旋回運動やラジアル方向への運動が可能である」との矛盾した認定をなしているが、これは明らかに理由齟齬ないしは理由不備である。
即ち、原判決は、
「甲第四号証によれば第二引用例には、「外側シリンダーは、ボディ1とそれを密封する為のカバー2、3からなり、ピストン5、6及びベーン7はボルト10、ピン12及びナット13によりピストンロッド4に固定されていて一体構造となり、シリンダー内部の旋回、直線運動が一緒に行なえる様になっている。旋回運動用ベーンのストッパー8は、ピストン5、6との間にあり、ボディ1に固定されたピン9により直線運動のみ行い、旋回運動は行ないえない様になって居り、ピストン5、6との間には、ある程度の隙間が保たれており楽に動けるようになっている。」(第二欄第二八行ないし第三欄第二行)と記載され、右記載と第1図及び第3図を併せ検討すると、旋回運動用のストッパー8は、ピストンロッド4に固定された二つのピストン5、6の間におかれていること、該ストッパー8には、その外周面に軸方向の直線状溝を有しており、ボディ1に固定されたピン9が該直線状溝に嵌合されていること、ピン7は該ストッパーが軸方向の直線運動のみが可能であって、旋回運動は行い得ないような嵌合状態であること、二つのピストン5、6との間には、ある程度の隙間があり、楽に動けるようになっているものであることが認められる。」とする(原判決第24丁表第6行~第25丁表第4行)。
しかし、第二引用例において「ピストン5、6との間には、ある程度のスキマが保たれて居り楽に動ける様になっている」(甲第四号証公報第2欄末行~第3欄第2行)といっているのは、その上の語句「直線運動のみ行い、旋回運動は行ない得ない様になって居り、」からも明白なように、あくまで直線運動方向にのみ楽に動けるという意味であって、その記載から直ちに、ストッパー8が後記の通り本件考案のストッパー7と同一の状態にて変位するということを読み取ることはできず、勿論そのことが技術上自明ということはできないし、逆に、全方向に変位可能ということであれば、第二引用例の思想そのものを否定する結果になるであろう。これは明らかに誤りという外はない。直線運動のみ行うという構成が、全方向に可動状態にするという後記本件考案の場合の構成と同一であるというためには、それなりの合理的理由が示されて当然であるが、原判決はその理由を示しておらず、この点において理由不備の誹りを免れない。
ところで、本件考案に係るストッパーは非固定状態、即ち、第二引用例との比較についていえば、直線運動、旋回運動いずれも変位可能(僅かであるが)という技術思想の下で、その通りに構成されている。即ち、本件考案の技術思想が、その機能からして本来シリンダー内壁に固定されるべきストッパーを、敢えて全方向に僅かな範囲ではあるが、可動状態にするというものであるのに対し、第二引用例の場合は、直線運動のみ行い、他の運動は行い得ないようにするという技術思想であり、両者の目的が相違するところから必然的に両者の考え方は全く異なったものとなっていて、相反するものであるともいえる。このように異なる技術思想に基く本件考案と第二引用例の構成が互いに相違したものとなることは、至極当然のことである。考案は技術的思想の創作であることからして、全方向に動くようにするという構成と、直線方向以外には動かないようにするという構成とを同一に評価することはできない。上告人は、右を同一に評価する原判決の認定は、「基本となる引用例記載の発明が本願発明の技術的思想を否定して、別の構成を採用しているのに、この引用例記載の発明に、その否定された技術的思想から導き出される構成を、別の引用例の記載事項あるいは周知技術から適用し、構成の予測性ありとすることは、原則として(これを肯定すべき特別の事情がない限り)誤りというべきである。」という趣旨の判例(東京高裁昭和六一・七・一〇判決、審決取消訴訟判決集八二四頁)の態度にそぐわないものであると考える。
更に、直線方向しか動かないようにするという技術思想からこれと相付合しない全方向に動くようにするという技術思想が必然的に導き出される訳がなく、また、ストッパーを全方向に可動状態に保持することによって得られる作用効果、即ち、「十分な組立精度が得られるとともに、ローターの円滑な回転が保証される」という作用効果は、直線方向以外の動きを否定する第二引用例によっては得られる筈がない。
原判決は右のように、第二引用例記載のストッパー8も「ラジアル方向、円周方向にも僅かながら変位可能の状態で保持されている」とするが、その動きは第二引用例において否定されている動きであって、その動きを利用せんとする思想は、いかに当業者といえども第二引用例の記載からは到底読み取ることができず、また、そのような動きを技術的に利用することが自明であるということを肯認する合理的理由も見出し得ない。
四 原判決は前記の通り、本件考案と第一引用例及び第二引用例との対比を誤った結果、次の通り技術的課題の自明性の認定についても誤った結果を導き出している。
1技術的課題の自明性について
原判決は、「ところで、この種揺動形アクチュエータにおいて、ストッパーが固定状態であるとすると、ローターにスラスト荷重がかかった場合、回転体の一方のフランジがストッパー側面に押しつけられてローターが回転しにくくなることは、その技術内容からみて当業者に自明のことである。」(原判決第26丁表第8行~裏第1行)とし、
その理由として、「第一引用例には、(第一引用例においていう)従来のトルクアクチュエータ(( )内は上告人)において、ローターにスラスト荷重がかかった場合について、「回転体は、ラジアル軸受で支承したものであるため、軸方向のスラストに対しては何らこれを阻止する作用を持たず、そのため回転体に取付けた仕切板がシリンダーの側部蓋体に強く当接し、回転動作を止めてしまうといった欠点があった。」との記載が存することは、前記2認定のとおりであり、この記載からみても、第一引用例記載のもののような、回転体に並設されたフランジに、固定ストッパーを嵌合した構造を持つアクチュエータにおいては、ローターにスラスト荷重がかかった場合、ローターがストッパーに当接することは明らかであって、この場合ストッパーがローターの回転を阻止する作用をなすことは当業者には当然のこととして理解されるというべきである。
してみると、揺動形アクチュエータにおいて、ローター(回転体)のフランジがストッパーに当接することによってローターの回転が阻止されるという問題点を解決することは、当業者にとって本件出願時における揺動形アクチュエータの持つ技術的課題であったということができる。」(原判決第26丁裏第2行~第27丁表第9行)という点を挙げている。
しかし、右第一引用例(甲第三号証)の「回転体は、ラジアル軸受で支承……回転動作を止めてしまうという欠点があった。」との記載は、「第一引用例においていう従来のトルクアクチュエータ」の持つ欠点であって、この欠点は第一引用例が解決しようとする課題であり、第一引用例はこの課題を、「フランジーの側部と当板間にスラスト軸受を介在」させることにより解決している。従って、「揺動形アクチュエータにおいて、ローター(回転体)のフランジがストッパーに当接するこによってローターの回転が阻止されるという問題点は本件出願時における課題であった」ということはできないのである。
なお、本件考案において、「ストッパーを固定した場合、そのスラスト荷重によって一方のフランジがストッパーの側面に強く押しつけられ、出力トルクの低下を招くだけでなく、焼き付きを起こしたりして回転しなくなる不都合が生ずる。」(甲第二号証第1欄第25行5第2欄第1行)との問題点を指摘したのは、本件考案の場合は第一引用例のようにスラスト軸受を用いず、二つのラジアル軸受を用いて、それによってローターを二点支持するタイプであって、第一引用例の場合のようにスラスト荷重を十分に受けることができないからに外ならない。即ち、本件考案の場合は前述のように、ローターがラジアル軸受によって確固と支承されることにより、ツリンダー内壁とフランジ及びベーンとの間の間隙保持が確保されるシールレスタイプの揺動形アクチユェータであり、スラスト軸受を用いることによってスラスト荷重を受けようとする第一引用例とは構成を異にしているため、第一引用例の場合とは異なった手段で右問題点を解決る必要があったからであり、換言すれば、ラジアル軸受を必須とする右本件考案におけるようなシールレスタイプの揺動形アクチュエータの構成を採る場合にのみ、右問題点が喜び提起される訳である。
更に原判決は、「揺動形アクチュエータに右のような技術的課題があるとすれば、右のローターがその回転を阻止されるという右問題点解決するための技術手段は、当業者によって当然考慮されるべき事項であり、その場合、右ストッパーの固定状態を緩和すること、あるいは解除することが右問題点を解決するための一手段であることは当業者にとってきわめて容易に考えつく程度の事項である。」(原判決第27丁表第10行~裏第5行)とする。
しかし、揺動形アクチュエータにおけるストッパーは、その機能からして本来シリンダー内壁に固定されるべきものである(甲第二号証公報第1欄第17行~第22行)。従って、右問題点を解決するために当業者が先ず考えることは、ローターのスラスト方向の動きを止めることであって、決してストッパーの固定状態を緩和、解除することではない。他に手段がないのであればともかく、ローターのスラスト方何の動きを止めるという当業者であれば当然に考えつく、いわば正攻法とでもいうべき解決手段があるのに、その手段を採らずにストッパーの固定状態を緩和、解除する手段を採用することは、本件出願時には画期的なことであったというべきである。なお、第二引用例においてストッパー8の直線運動を可能にしたのは、直動シリンダーとしての機能を確保するためであって、決してスラスト荷重対策のためではない。
そして原判決は、「そうであれば、第一引用例記載のトルクアクチュエータにおいて、フランジがストッパーに当接するのを阻止するために、第二引用例に示された、揺動形アクチュエータとしての構成、機能をもつ複動シリンダーにおいて、ストッパーを非固定状態にした構成を採用することは当業者がきわめて容易になし得る事項であるというべきである。」(原判決第27丁裏第6行~末行)とする。
しかし、右に述べたように、第一引用例においてはフランジがストッパーに当接するという問題は解決されており、これに第二引用例の構成を結合する謂われは全くない。従って、第一引用例の構成に第二引用例の構成を採用することは当業者がきわめて容易になし得る事項であるとの認定は全く理由のないものである。
2作用効果の認定について
原判決は、「そして、本件考案の奏する本件明細書に記載された前記1認定の作用効果は、揺動形アクチュエータにおいて、ストッパーをシリンダー内壁に非固定状態に保持したことにより生じたものであるから、これと同一の構成を有する第二引用例記載のものの奏する作用効果にほかならない。」(原判決第28丁表第1行~第5行)とし、本件考案と第二引用例におけるストッパーの保持状態が同一であるから、両者は当然同一の作用効果を奏するとする。
しかし、三、で述べたように、本件考案と第二引用例とにおけるストッパーの保持状態を同一視することはできず、当然のことながら作用効果も相違してくる筈である。即ち、第二引用例における「直線運動のみ行ない、旋回運動は行ないえない」様になっているストッパーの構成から、ストッパーを全方向にフリーにすることによって得るれる「組立てに際し、ストッパーがその可動範囲内において自由に動き、回りの部材になじむことにより各部品の組立寸法誤差を補正することができ、また直角度の累積交差の補正もすることができる」(甲第二号証公報第4欄第5行~第9行)という本件考案の作用効果が得られる訳がなく、勿論甲第四号証の記載から、第二引用例が、そのような作用効果をも予期、期待しているということを読み取ることはできない。
以上